本コラム「『ライトノベル』の未来とは」は記事を三分割しています。
『ライトノベル』の未来とは(2)はこちら
『ライトノベル』の未来とは(3)はこちら
1 コラムの反響を受けて
2 読解力の低下を感じる
3『ライトノベル』が失った市場
4 社会現象化できていない『ライトノベル』
5 残された市場は海外にあるが
6『ライトノベル』が生き残るために
7 児童文学と『ライトノベル』で思うこと
8『ライトノベル』が好きです
9 名興文庫のスタンス
1 コラムの反響を受けて
皆様、初めまして。そうでない方はこんにちは。天宮さくらです。2月4日にコラム「『ライトノベル』とは何か?」という挑戦的な内容を無記名で公開したところ、予想以上に多くの反響をいただきました。お読みくださった方、誠にありがとうございます。
「『ライトノベル』とは何か?」を執筆したのは天宮さくらです。あれを読んで感情を揺さぶられ、ある人は怒り、ある人は罵倒しました。感情を些か阻害し過ぎたようで申し訳ありません。
なぜ今頃になって「執筆したのが天宮さくらである」と公開したのかというと、どのような反応があるのか十分観測できたからです。もう隠す必要がなくなりました。今回の結果は半分予想通りであり、半分予想外でした。
あのコラムを私が書いたと初めから公表した場合、遠慮して意見を言わない人がいたでしょう。「天宮さくらはあんな過激なことを口にしない」。その先入観が邪魔をしたはず。
それだと意味がありません。私はあの攻撃的なコラムで、どのような反応があるのか、バイアスのない状態を観測したかった。遠慮などいらないのです。だから無記名で公開しました。おかげで皆さんがどのような考えをお持ちなのか、よくわかりました。
「今更執筆者を公表するなんて性格が悪い」とおっしゃる方もいるでしょう。でも、私は性格が悪い人間です。そもそも、文章で人の感情を動かす人間が、いい人間だったり高尚であったりするわけがない。買い被りすぎです。だからこそせめて誠実であろうと努力しているのです。
コラム「『ライトノベル』とは何か?」では「『ライトノベル』は膨張しきった枠であり、この言葉で何を指しているのかわからない状態となっている」としました。よって「何か?」と問いかけはしたものの、「膨張した何か」であるとしか答えようがない、というのが私の結論です。故に名興文庫は『ライトノベル』を出版するかもしれないし、しないかもしれないとしています。
ですがあのコラムを読んで「自分の好きな『ライトノベル』が貶められた」と思われた方が多かったようです。いくつかのツイートを拝見しましたが、個人的感情の域から出ていない意見が多かったように思います。具体的に「『ライトノベル』は膨張し切っていない」と反論している人は観測できませんでした。残念でなりません。正直、がっかりしています。
なぜあのように『ライトノベル』が好きな人たちが過剰に反応するようなコラムを執筆したのか。それは、このままだと『ライトノベル』は消え去る運命にあると私が考えているからです。それを避けるためにも、『ライトノベル』というのはどのようなものなのか、議論が白熱してくれたら一番だと思っていました。これこそが『ライトノベル』の未来を明るくする、唯一の方法です。
しかし、実際は雑読み・雑語りばかりでした。ここで2023年2月9日に観測したコラムの閲覧数を紹介しましょう。
『ライトノベル』とは何か?(1)
閲覧者数 4435
ユーザーあたりのビュー 1.26
平均エンゲージメント時間 0分53秒
『ライトノベル』とは何か?(2)
閲覧者数 1605
ユーザーあたりのビュー 1.21
平均エンゲージメント時間 1分50秒
『ライトノベル』とは何か?(3)
閲覧者数 1729
ユーザーあたりのビュー 1.23
平均エンゲージメント時間 2分00秒
ほとんどの方が全文をきちんと読んでいないことがよくわかります。しかも、斜め読みばかりしたのでしょう。(2)が一番閲覧数が低いということは、(1)からいきなり(3)に移動し、それだけ読んだ方がいらっしゃるということでしょうか? 軽い文章ばかり読み慣れている人にとって、読めない内容だったのかもしれません。
『ライトノベル』の未来は暗いです。このままいけば『ライトノベル』は死語になるでしょう。
その未来を変えるために、『ライトノベル』という言葉を定義し直し、未来の読者に届ける仕組みを作らなくてはなりません。でも、『ライトノベル』の定義がブレ続けている。ならば、建設的で有意義な議論を積み重ねていく場が必要になります。そのきっかけになればと思い「『ライトノベル』とは何か?」を執筆し、公開しました。
しかし期待は裏切られました。コラムを真面目に読まず、感情論にのみ終始するツイートを多く見ました。『ライトノベル』を本当に愛しているというのなら、どうして感情論で相手を説き伏せようとするのでしょうか? 本当は愛していないのではないかと疑いたくなります。
2 読解力の低下を感じる
『ライトノベル』を読み続けていたら読解力が身につかない、という部分で大きな反発を感じました。これについては学術的な統計が見当たらなかったため、憶測の部分がありました。しかし、コラムの反響から「あながち間違いではない」ということが立証されました。
「『ライトノベル』とは何か?」が読者に伝えたかったのは「名興文庫はどのような作品を求めているか」という点です。『ライトノベル』という言葉は膨張し切って意味をなさない言葉であり、名興文庫は『ライトノベル』を扱うかもしれないし扱わないかもしれない、という返事しかできない。それを伝えたかったのです。
ですが、実際はどうだったでしょうか? 書いてある部分を切り取り「ここが気に食わない」という意見をツイートするだけで、名興文庫が求める作品像への具体的な質問・疑問は見当たりませんでした。
あのコラムは『ライトノベル』を愛している人に気に入られたくて公開したものではありません。あなたの個人的体験を褒め称えるためでも、貶すためでもありません。読書は個人の財産です。そして『ライトノベル』が好きなのは私も同じです。ただ、現状のままだと『ライトノベル』は生き残れないから、警鐘として書きました。
まず、読解力とは何でしょうか?「文部科学省・国立教育政策研究所 令和元年12月3日『OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」に読解力の定義が記載されています。
読解力の定義「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、社会に参加するために、テキストを理解し、利用し、評価し、熟考し、これに取り組むこと」
では、あのコラムに反応した方々はどうでしたでしょうか? 読解力のある反応を見せてくれたでしょうか? 書かれている内容に過剰に反応しただけの方が多かったように思いますが、どうでしょうか? その後、建設的な何かを思考されたでしょうか?
あのコラムは警鐘です。このままいけば『ライトノベル』は死語になります。そして実際、書かれた文章からしか意味を汲み取れず、感情論ばかりツイートする人を多く観測しました。理解し、利用し、評価し、熟考し、次の行動に繋げられた人はどの程度いたのでしょうか? ご自分の反応を振り返り、考えてみてください。
3『ライトノベル』が失った市場
出版不況といわれています。出版科学研究所のHPで「日本の出版統計」を参照すると、雑誌は大幅に低下し、電子書籍が増えています。「2014年 出版物売り上げシェア」と「2021年 出版物売り上げシェア」を確認すると、電子コミックの比率が大幅に増加しています。電子書籍も増加しましたが、電子コミックに比べるととても小さい変化です。
「書籍推定販売金額」を確認します。ベストセラー作品があるかないかで増減しやすい項目です。次に「児童書推定販売金額」を見ると、児童書は手堅く売れています。しかし、文庫本の販売が大幅に減っています。これは読書以外の娯楽が普及したことと、電子出版が増えたことが関係しているようです。
「電子出版の市場規模」を見れば、その勢いが激しいのがよくわかります。そして伸びているのは電子コミック。電子書籍・電子雑誌は微増に過ぎません。
ここで日本統計協会『統計でみる日本 2023』を確認しようと思います。
「書籍の部門別新刊点数と構成比」
文学 2006年 14,687
2021年 12,071
児童書 2006年 4,825
2021年 4,446
「出生数と合計特殊出生率の推移」
2000年 119万人
2021年 81万人
子どもの人数は確実に減っています。けれど児童書は安定して出版され続けています。一方、文学は刊行点数を減らしています。
出版社として、上記の数字は無視できません。「『ライトノベル』とは何か?」で説明したように、『ライトノベル』の初めは「少年・少女向けのエンターテイメント作品」でした。そして児童書は手堅く売れ続けている。では、現在の子どもたちは『ライトノベル』を読んでいるのでしょうか?
全国学校図書館協議会が発行している雑誌に『学校図書館』があります。その2022年11月号(第865号)に「子どもの読書の現状(第67回学校読書調査報告)」が掲載されています。読書にまつわる項目のアンケートが取られ、その中に「今の学年になってから読んだ本」について、小学4年生~高校3年生にアンケートを取った結果があります。ここに挙げられている『ライトノベル』は以下の作品になります(順不同・敬称略)。
『ソードアート・オンライン』
『物語シリーズ(西尾維新)』
『Re:ゼロから始める異世界生活』
『転生したらスライムだった件』
『ようこそ実力至上主義の教室へ』
『スパイ教室』
『86―エイティシックス―』
『薬屋のひとりごと』
何か気づきませんでしょうか? そう、ほとんどがアニメ化している作品です。唯一『薬屋のひとりごと』がアニメ化していませんが、コミックス化はしています。
これ以外によく読まれているのは、アニメ(漫画が原作)やゲームを小説化した作品、『5分後に意外な結末』『階段5分間の恐怖』などの短時間で読める作品です。これは朝読で気軽に読めるものをチョイスした結果でしょう。
ここからわかるように、子どもたちは確実に面白いとわかっている作品しか読んでいないのです。新しく出版された『ライトノベル』は読まれていません。
朝読は子どもに読書を促す上で重要な地位を占めています。文部科学省『令和3年度 文部科学白書』によると、全校一斉の読書活動を実施している公立学校の割合は以下のようになります。
小学校90.5%
中学校85.9%
高校39.0%
ここで読書の楽しみを知った人は、大人になっても読書を続けていくでしょう。そしてその楽しさを伝えるはずだった『ライトノベル』は、現状どうでしょうか? 面白いとわかっている作品しか読まれていません。
現在の子どもたちは冒険をしないのです。そして、朝読のために書籍を購入するであろう小学生・中学生は、面白いとわかっている作品しか購入していません。
『ライトノベル』は「子ども」という大事な市場を失っているのです。
「そんなことはない、大人になった彼らが『ライトノベル』市場を買い支えてくれるはず」とおっしゃりたい方もいるでしょう。けれどそれは楽観的すぎると思われます。今の彼らは冒険をしないのです。確実に面白いとわかっているものしか売れません。そしてその指針はアニメ化しているか、漫画化しているか、という点で判断されるでしょう。
大人になり日々が忙しくなった状態でアニメや漫画が存在する場合、彼らはわざわざ『ライトノベル』を購入するでしょうか? 上記の結果は「朝読があるから買って読んでいる」からかもしれません。ここまで考えた時「『ライトノベル』の未来はとても厳しい」という感想しか出てきません。
4 社会現象化できていない『ライトノベル』
朝読ではおそらく紙媒体が主流でしょう。では、電子書籍の市場で『ライトノベル』は子どもたちに読まれているのでしょうか?
全国学校図書館協議会の『学校図書館』2022年11月号(第865号)には「紙の本とスマホやタブレット、どちらが読みやすいか」というアンケート結果があります。そこから「紙の本」が読みやすいと答えたグループと、「スマホやタブレット」が読みやすいと答えたグループに分けて、「電子書籍で読んだ内容」のアンケートを取りました。
「スマホ・タブレット」の方が読みやすいと答えたグループは、「紙の本」と答えたグループよりも「電子書籍で「マンガ」を読む」と答えた子が多い結果が出ました。そして彼らが「物語・おはなし・小説」を読む割合は少ない。つまり、電子書籍でもまた『ライトノベル』は市場を失っているのです。
そんな彼らが将来『ライトノベル』を購入するでしょうか? いや、難しいでしょう。彼らは『ライトノベル』ではなく、「マンガ」を読むと思われます。
電子書籍化している『ライトノベル』や、小説投稿サイトで小説を読む子どもは少ない。そしてコラム「サブスクリプションはなろうを救うのか?」からわかるのは、人気のある作品を無料で読みたい人が該当作品を読みに来ているだけで、彼らはお金を落としてくれなさそう、ということです。
子どもたちが限られた『ライトノベル』しか読んでいない状況は市場を失っているだけでなく、社会現象にもならない、という意味があります。
社会現象と聞いて思い出していただきたいのは『ハルヒダンス』です。これは『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメのEDでキャラクターたちが踊っていたダンスを、若者が同じ音楽・振り付けで踊り、動画投稿サイトに掲載した一連の出来事です。
近年、このような社会現象は起きたでしょうか? 振り返ってみると『進撃の巨人』の第一期OP映像を実写で再現したのがあります。本作は人気が高く、引き続きアニメ制作を進め、今度完結編が放送されるそうです。そして『鬼滅の刃』では劇場版で興行収入400億を突破し、さまざまなグッズが売れました。キャラクターたちをイメージした柄が入ったマスクや服を着ている子を多く見かけました。漫画原作の作品は上記に挙げた例以外にも、社会に何かしら影響を与えるくらい反響があります。
漫画はアニメととても相性がいい。だからこれほどまでに影響力が大きいのでしょう。では『ライトノベル』はどうでしょうか? アニメ化・劇場版となっている作品は見られます。ただ、社会現象や市場経済に大きなインパクトを与えた、という話はあまり耳にしません。
子どもという市場を失い、社会現象を引き起こせそうな『ライトノベル』がない状況。これから『ライトノベル』はどこに向かって発展していけば良いのでしょうか?
『ライトノベル』の未来とは(2)に続く。