はじめに
皆さん、こんにちは。紅梅レーベルを担当する尼宮乙桜です。
紅梅レーベルは「純文学」を取り扱うレーベルになります。ですが純文学は時代によって意味を少しずつ変えてきた言葉になるため、「これこそが純文学」と言いづらい部分があります。
純文学について語ろうと思うなら、多くの知識が必要になります。近代文学史とその作品について、「文学」という単語の意味の変化、文壇の歴史、「私小説」「プロレタリア文学」について、「大衆文学」の定義、「中間小説」の出現、横光利一氏の『純粋小説論』、大江健三郎氏の『「最後の小説」』。最低でも、1960年頃に起きた「純文学変質論争」の細かな内容を把握しておかなくてはならないでしょう。
ですが、ここまで込み入った話を理解するのは大変ですし、私自身まだまだ不勉強で、とてもではないですが語れません。
ただ、「紅梅レーベルが求める作品像」なら提示できます。よって、本コラムでは「紅梅レーベルが求める作品像」をお伝えすることをメインに綴りたいと思います。
辞書から見る「純文学」
今回「純文学」を理解するにあたり、何冊か辞書を開きました。そこに書かれていた説明を整理し、下記の二点にまとめてみました。
「純文学」とは
・芸術的感興を目的とした作品
・大衆文学や通俗小説の対義語
純文学とは、作者の芸術性を強く打ち出した作品であり、大勢の人を楽しませる目的で執筆された作品ではない、ということです。
以上より、紅梅レーベルは作品選定の際、下記の内容を重要視したいと思います。
・作者の美的センスが発揮された作品かどうか
・作品全体を見た時、芸術性を感じられるかどうか
・大衆受けではなく、文学の芸術性を理解できる読者に響くかどうか
紅梅レーベルが求める作品像
作者の美的センスが発揮された作品かどうか
これは「文章を読んでいて味わいがあるかどうか」です。
文章には執筆した人の癖や個性が出ます。例えば、雨の情景を表現する場合。単純化すれば「雨が降っている」で終わります。ですが、「雨」と聞いて想像する光景は人によって違いますし、描きたい情景によって表現は大きく変わるでしょう。
・視界を邪魔するような小雨が激しく降っている
・大粒の雨が傘を強く叩きながら落ちてくる
・手指がかじかむくらい冷たい雨が風に煽られている
上記のように、雨が降るといっても様々な表現ができます。その違いをきちんと表現できている作品を求めます。
ですがこれは、たくさん装飾された文章が良い、というわけではありません。装飾過多は逆に下品に見えます。作者の美的センスが発揮された表現がなされているかが大事です。
作者のこだわりが反映されている作品を求めます。
作品全体を見た時、芸術性を感じられるかどうか
これは「作品そのものの存在感」です。
読了後、どのような感情を掻き立てられるのか。その感情は好意的なものばかりでなく、嫌悪や混乱も含まれます。人によっては作品が投げかけるテーマを抱えきれず、理解不能・意味不明という感想を抱くかもしれません。
ですが、それで良いと紅梅レーベルは考えます。なぜなら、簡単に消化できないくらい作者の表現したいものが詰め込まれている作品だと思うからです。
読んですぐ忘れてしまうような作品ではなく、読み終わった後に何度も噛み締めるような作品を求めます。
大衆受けではなく、文学の芸術性を理解できる読者に響くかどうか
上記二点の内容を見ていただいたらわかるように、紅梅レーベルが求める作品は大衆向けではありません。簡単でわかりやすいものは求めていません。読み終えてさらりと忘れてしまうような軽さは求めていません。味わい深い作品を求めている読者に届く、文学的な作品を求めます。
よって、Web小説投稿サイトの上位にランクインしているかどうかは重要視しません。大事なのは、文章の味わいを理解できる読者の心に響くかどうかです。例えランキング一位の作品であっても、そこに芸術性がなければ紅梅レーベルには該当しません。逆に、ランキング外であったとしても、そこに芸術性があれば紅梅レーベルは出版を決定します。
紅梅企画の意図
紅梅レーベルが求める作品像がなんとなく伝わりましたでしょうか? もし迷われるようでしたら、定期的に開催している紅梅レーベルの選評企画にご参加ください。希望者には感想だけでなく、批評もいたします。
【第01回】紅梅の作品選評企画の総括
【第02回】紅梅の作品選評企画の総括
【第03回】紅梅の作品選評企画の総括
紅梅企画で提示するお題は毎回違います。お題を提示した後、最低でも一ヶ月、執筆期間を設けています。これは一ヶ月かけてじっくりと自作に向き合っていただきたいからです。
作品の芸術性をどれだけ高められるか。そんな挑戦をしていただきたいと考えています。作者が深く自身の内面と向き合った作品こそ紅梅レーベルが求める作品であると、私は信じています。
おわりに
芸術性や美的センスといった曖昧な言葉での説明が多くなりました。ですが、AIが普及し誰もが気軽に創作ができるようになる未来は目前です。そのような世界で創作者に求められるものは何なのか──私は「美意識」だと思っています。
以前、「作者は経験したことしか書けない」といったポストをX(旧Twitter)で見ました。私はそうではなく、「作者は認識したことしか書けない」と考えています。
自分という人間はどのようなものに「美」や「醜」を見出すのか。それは多くの芸術に触れ、感性を磨くことで培われるのだと考えています。その努力がこれから先の未来、創作者たらしめる重要な要素になると予想しています。
紅梅レーベルは、作者の美的センスが発揮され、作品全体に芸術性を感じられる、大衆受けではなく、文学の芸術性を理解できる読者に響く作品を求めています。
本コラムが皆様の創作に役立てば幸いです。
参考文献
どの辞書を参照したのか知りたい方がいらっしゃると思うので、こちらにまとめて記載します。
*五十音順
『岩波国語辞典 第8版』岩波書店 2019.11
『旺文社 国語辞典[第十一版]』旺文社 2013.10
『広辞苑 第七版』岩波書店 2018.1
『三省堂 現代新国語辞典 第四版』三省堂 2012.2
『三省堂 国語辞典 第七版』三省堂 2014.1
『集英社 国語辞典 第二版』(大活字机上版)』集英社 2000.9
『新選国語辞典 第十版 ワイド版』小学館 2022.2
『新明解国語辞典 第八版』三省堂 2020.11
『世界大百科事典 13』平凡社 2011.6
『日本国語大事典 第二版 第七巻』小学館 2022.1
『日本大百科全書 11』小学館 1986.9
ネットアプリ『コトバンク』より
『精選版 日本国語大辞典』
『世界大百科事典 第2版』
『日本大百科全書』(ニッポニカ)
求める作品の例
紅梅レーベルが求める作品がどのようなものなのか、具体的な例をまとめました。【 】の分類は大まかなイメージです。参考にしていただけたら幸いです。
*順不同・敬称略
【じっくり】
伊集院静『白い声』
佐江衆一『長きこの夜』
平野啓一郎『マチネの終わりに』
三浦綾子『ひつじが丘』
水村美苗『本格小説』
【人生】
小川糸『食堂かたつむり』
恩田陸『蜜蜂と遠雷』
桜木紫乃『ホテルローヤル』
宮下奈都『羊と鋼の森』
村田沙耶香『コンビニ人間』
群ようこ『かもめ食堂』
【恋愛】
上田岳弘『私の恋人』
江國香織『神様のボート』
川上弘美『センセイの鞄』
村上春樹『国境の南、太陽の西』
森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』
【不思議】
いしいしんじ『麦ふみクーツェ』
多和田葉子『雪の練習生』
梨木香歩『家守綺譚』
西加奈子『きいろいゾウ』
【短編集】
井上荒野『ベーコン』
乙一『失はれる物語』
田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』
原田マハ『あなたは、誰かの大切な人』
三浦しをん『きみはポラリス』
よしもとばなな『デッドエンドの思い出』
【青空文庫にある短編】
坂口安吾『桜の森の満開の下』
佐藤春夫『あじさい』
谷崎潤一郎『春琴抄』
永井荷風『寝顔』
夢野久作『微笑』