所感
あっという間に三月も終わり、新年度と共に新しい生活が始まっている方も多いかと思います。しかし、多忙な時期にもかかわらず二月度よりも多い応募や投稿があり、諸先生方の熱い創作者魂に文庫も良い刺激を受けております。
さて、今回の応募作品は当コンテストの豊かさを一段と色濃くした性質の月度となりました。神話や伝承にしばしば現れる、一見下品なようでいて、我々人間の営みに欠かすことのできない下の部分に付随する『驚と奇』の文脈のある物語、文学的な静謐と非常に整った文体が同居する物語、投稿サイトやライトノベルにより解釈を失いつつある、善悪定かならぬ領域の力と理性の物語等、コンテストをより立体的で色彩豊かにしてくれる作品がとても多かったです。
既に応募作品数は当初想定していた最低ラインも大きく超え、良い意味で先が見えなくなってまいりました。また、当コンテストによって創作がより楽しくなった、自分の作品が深化したといった嬉しい反響なども寄せられています。引き続き、当コンテストに楽しくご参加いただけたらと思います。
それでは、良き創作を!
一次選評
*順不同・敬称略とさせていただきます
『RRN6405-私はルルナ』|おじむ
一見、SFの文脈に見せかけて、実際には神の概念とも、あるいは人造の神の誤謬ともつかない一人称で物語が進んでいきます。果たして『彼女』は何者なのか? 現れた意志あるそれは虚空なのか、虚空蔵なのかといった不思議な謎と味わいがあります。
『邪淫の水路』|和田賢一
幾つかの神話に見いだせる、死した愛しいものの奪還を試みる話かと見せかけて、前半の奥深い世界の仕組みに逆らえぬ結末となります。彼女に取ってある意味最大限の反抗であった恋慕の結果はしかし、死に生きる者の定めから逃れることはかなわず、だからこそ生者には邪淫としか言いようのない結末になるのでしょう。読者だけがここに美を見出せるのみです。
『凍てし空、祈りの裂け目』|葉山礼加
文章の格と美しさが冒頭から目を引きます。世界の大いなる災いにおいて、主人公は荘厳にその役割を果たしますが、それは自然な落葉帰根の循環の一部であるかのように終わりを迎え、派手な演出はありません。しかしだからこそ、この物語の厳かさが伝わってきます。
一次選評:Creative Writing Space掲載作品
『夢喰いのムグ』|理乃碧王
夢こそは幻想のまごう事無き断片でありながら、我々の現実がそうであるように、日々私たちをどこかへいざない、導き、歩き続けさせるものでもある。ここに他責の入る余地は驚くほど無いものだが、そうとは考えない者もいる。しかしそれはおそらく、世界及び人生への向き合い方としては全く適切ではないのだろう。だからムグは怒るのだ。
『大きな木(あるいは手)のはなし』|全布団上
大いなる幻想、と言うには生き生きとした世界の中で、とても大きな心の独白と、より大きな『手』による、ある変化の物語。意味を見出すよりも、我々と異なるただただ大きな心に触れるこの体験はそのまま幻想でしょう。雄大な静寂に、とても豊かな営みのある味わい深い物語です。
『恥辱のケトラステキ』|REO=カジワラ
驚きの結末となる物語ですが、韻を踏んであったり文体を選択した上での展開により、これが神話などにもしばしばある予想外の『驚』の文脈で語られている事が分かります。人によっては『そんな馬鹿な』と思うかもしれませんが、そのような物語も少なくない神話に含まれているため、記憶に残るのです。コンテストにあることが嬉しい物語と言えます。
『慟哭のオディスティン』|REO=カジワラ
『死人に口なし』としばしば言われるが、この物語は全くその通りであり、生者は時に傲慢でもある。苦悩からきわめて禁欲的にその道を見出した偉人も、生者の優しき傲慢さに返せる言葉は何もない。魂として内に籠ったままの苦悶を、せめて慟哭と例えてやるくらいしかできないものだ。
『是是何ぞ言うモノぞ?』|REO=カジワラ
全く虚しく悲しい小人の、卑屈と高揚、そして他者と自分を初めて知った上での諦観。他者を辱めるために使った言葉が、最後に悪魔から返って来る構成はこの男の悲しい帰結そのものだが、案外私たちはそんな小人の心も容易くは想像できないものである。
『人斬り魔剣ゾボルグ』|REO=カジワラ
インテリジェンス・ソード、いわゆる知性ある剣の、しかも邪悪な剣の物語ですが、使い手である人さえ無視していくその無軌道さが良い意味で共感しようがなく、功名心に逸る使い手をむしろ餌食にして静寂が残る様子が世界の広さを示唆する形になり、なかなか気になる結末です。良い形でその後を読者に委ねている物語と言えるでしょう。
『剣闘士二人』|REO=カジワラ
悲劇的な最後を選択する二人の剣闘士。しかしそれは彼らが選択できた唯一の自由であり、頽廃しきった観客たちのいたこの国はやがて、多くの頽廃した国家がそうであるように革命の嵐が吹き荒れますが、その象徴が彼ら二人の死にざまであったという、覚悟ある自由への渇望の旗印となっている事に、自由を望む人の強さと美しさが凝縮されています。
『諸象戯図式』|グリフィス
ラノベやWeb小説しか知らないと荒唐無稽な力と演出に見えますが、タイトルや『酔像』などの語彙が、その方向への読解が誤りであることを分かりやすく示唆しており、実際に物語は強大な力と理性の極致をあくまでも人間を土台に物語っています。強力な男性性を持つ男の、人と神々の時代のはざまでのありようを描いた物語の一つと言えます。
『イサドラの羽ばたき』|NO SOUL?
深い理解の末に表層的な断絶を見てため息しか出なくなるのは、探求をやめない者の宿命かもしれません。さて、真理を識る彼女はいずこを目指すのでしょうか? 短い中に豊かな『異なる世界』の垣間見える物語です。